簡易的な屋内測位手法のYSFにおける実証実験

概要

WiFiのAPを用いた簡易的な屋内測位手法の実証実験をYSFにおいて行う研究

目次

用語

GNSS (Global Navigation Satellite System)

全球測位衛星システム。GPS、GLONASS、Galileo、BeiDouなどの衛星測位システムの総称。

AP (Access Point)

アクセスポイント。無線LANにおいて、無線端末とネットワークを中継する機器。本研究ではWi-Fiルーターを指す。

RSSI (Received Signal Strength Indicator)

アクセスポイントから受信する電波の強度を示す指標。負の値をとり、0に近いほど電波が強いことを表す。単位はdBm(デシベルミリワット)。

MAC Address (Media Access Control Address)

各ネットワーク機器に割り当てられた固有の識別番号。本研究ではAPを識別するために使用。

背景

近年、GPSを始めとしたGNSSを用いた位置情報の活用が進んでいる。例えば、マップアプリのナビゲーション機能、検索結果のパーソナライズ、持ち物に付ける紛失防止タグ、農耕機械の自動化などである。

しかし、GNSSの屋内環境での活用は限定的であり、依然として課題が多い。これは、GNSSが衛星から電波を受信する仕組み上、建物内では電波が届きにくく、特に高さ方向の精度が低下するためである。また、一般的なスマートフォンなどのGNSS受信機では、数メートルから数十メートルの誤差が生じることがある。

GNSS以外にも位置推定手法は存在する。BluetoothビーコンやRFIDなどは屋内環境に対応しており、GNSSと比較して高い精度を実現できるものの、専用機器の設置や運用に高いコストがかかるという課題がある。

一方で、屋内位置推定には一定の需要があると考えられる。例えば、本校の校舎は構造が複雑であり、新入生や文化祭来場者が現在地を見失う場面がしばしば見受けられる。実際、筆者が初めて本校を訪れた際も、パンフレットの地図があったにもかかわらず迷ってしまった。また、文化祭では来場者が同じ移動ルートに集中し、混雑が発生していた。さらに、オフィスビルにおける災害時の避難誘導支援など、本校以外でも屋内位置推定の必要性は高いと考えられる。

そこで本研究では、現代においてほぼ全ての施設に設置されている既存インフラであるWi-FiのAPに着目した。本校でも、各教室にAPが設置されメッシュネットワークを形成している。これを活用することで、追加コストを抑えた簡易的な位置推定が実現できるのではないかと考え、実証実験を行うこととした。

目的

本研究の目的は、特別な設備を追加せず既存のWi-Fiインフラストラクチャーを活用した、実用的かつ低コストな屋内位置推定手法の実証実験を行うことである。APを利用した位置推定手法に関する研究は既に存在するが、その多くは位置推定に対応した特殊なAPを必要とする。本研究では、既に設置されている一般的なAPを前提とし、高等学校という実環境での実証実験を通じて、その実用性を検証する。

将来的には、本手法をナビゲーション、混雑状況の可視化、災害時の避難誘導支援など、様々な用途に応用できる可能性がある。特に本校のような複雑な構造を持つ建物において、来訪者の利便性向上や緊急時の安全確保に貢献できると期待される。

研究手法

ロードマップ

  1. アクセスポイントごとの地点に対するRSSIの変動データの計測
  2. 収集したデータの分析
  3. 位置推定アルゴリズムの考案現在地
  4. 独自アルゴリズムを実装したアプリケーションの開発
  5. アプリケーションの評価

実験結果

計測 第一回

プログラム

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データ

生データ

2回に分けて測定を実施。各地点でのWi-Fi APからのRSSI値を記録。

2025-06-04-11-58-17 2F N棟 廊下
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2025-06-18-11-52-41 ハードウェア実習室前 廊下
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加工済みデータ
2025-06-04-11-58-17
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2025-06-18-11-52-41
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グラフ

X=0で固定した場合のY軸位置とRSSIの関係を平滑化した折れ線グラフで表示

2025-06-04-11-58-17
2025-06-18-11-52-41

考察

データ1 (2025-06-04)
実験場所
2F N棟 廊下 (東をYの正とする)
計測距離間隔
不定(教室基準)
計測時間間隔
10s
計測回数
4回
計測回ごとのRSSIの最大のゆらぎ
6.4dBm
計測回ごとのRSSIの平均のゆらぎ
2.1dBm

実験結果より計測回ごとのRSSIの最大のゆらぎに対し、計測地点ごとのRSSIはそれより大きな変動幅を持つ可能性があることがわかった。また、強度の順序が変動しているためそれを使えば精度を上げられそうだと考えた。ただ今回は教室を計測位置の基準としてしまった上、1つのAPのデータ数が最大7と少ないため、等間隔かつ高密度でデータを収集する必要がある。

データ2 (2025-06-18)
実験場所
ハードウェア実習室前 廊下 (東をYの正とする、計測1回目から1670cm東にずれた場所から開始)
計測距離間隔
100cm
計測時間間隔
10s
計測回数
5回
計測回ごとのRSSIの最大のゆらぎ
4.8dBm
計測回ごとのRSSIの平均のゆらぎ
1.5dBm

実験結果より多少のゆらぎはあるものの、ある程度規則的に減衰すること、そしてその減衰幅が約500mで計測回ごとのゆらぎの範囲を超えていることがわかった。ただし実験結果の近似二次関数曲線を引いたグラフより、一定(この場合は-65dBm周辺がボーダーライン)以上の強度を持つAPは凸形に順当に増減するのに対し、それ未満のものは凹形に不自然に増減する傾向を示すこともわかった。おそらくこのボーダーは階の違いだと思われるが、追加計測が必要である。また、そのような弱いAPは不自然な増減を示すだけでなくところどころデータが飛ぶ、つまり受信不可になっている。これをノイズとして一定未満のRSSIを持つAPをカットするか、指標の一つとして活用するのかは今後の計測結果次第で決定する必要がある。

計測 第二回

プログラム

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データ

生データ

※2025-07-29-15-01-33以外のデータは未処理

2025-07-29-14-27-27 2F N棟
meta.json raw.csv
2025-07-29-15-01-33 5F S棟 処理済み
meta.json raw.csv
2025-07-29-15-54-54 4F S棟
meta.json raw.csv
加工済みデータ
2025-07-29-15-01-33 2.4GHz
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2025-07-29-15-01-33 5GHz
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グラフ
2.4GHz Band (2025-07-29-15-01-33)
5GHz Band (2025-07-29-15-01-33)

考察

1回目の計測ではデータが少なかったため、実験2ではホームルーム教室が多くAP数の多いS棟5階の廊下で計測を行った。今回は1mおきに3回ずつ、60m分の測定を行った。
結果としては、2.4GHz帯のAPは電波強度が弱く少ない地点では1つのAPの電波しか届かないという特性がありこれを使えば大雑把な絞り込みを行えそうだと考えた。
それに対し5GHz帯では1つの地点で最大で7AP、最低でも5APの電波を受信することができ、2.4GHz帯と違い高強度のはずの場所での不自然な消失の発生などが起きていないため、こちらを使えば複数APの強度を比較することで精度を上げられそうだと考えた。
またどちらの計測結果においても電波強度の強さ順の不規則な逆転があまり見られずある程度きれいな山形になったため、間取りによる影響は少ないだと考えた。
これらの計測結果から、どの2.4GHz帯のAPからの電波を受信できたかを使用してある程度の範囲を判定したうえで、5GHz帯のAPからの電波強度の順位を使用して精度を上げるという運用ができそうだと考えた。

まとめ・展望

本研究の実験結果から、受信可能なAPのリストおよびAPからの電波強度の順位を利用することで、Wi-Fi APを用いた位置推定が実現可能であることが示唆された。特に5GHz帯は安定した強度推移を示すため、位置推定において有効に活用できると考えられる。

今後の展望として、まず本校内のAP電波強度マップを作成するため、さらなる計測を継続する。その後、収集したデータを基に実際の位置推定を行うアルゴリズムとアプリケーションを開発し、実環境での精度検証を行う予定である。最終的には、本手法の実用性を評価し、校内ナビゲーションシステムや混雑状況の可視化などへの応用可能性を検討する。